葛西氏(東京都葛飾区)

葛西氏は下総国葛西御厨(東京都葛飾区)が発祥地。初代の葛西清重(1162年〜1238年)は、秩父平氏一族で豊島氏当主豊島清元の三男。清重は奥州合戦の活躍により奥州藤原氏の滅亡後、奥州総奉行を任せられています。葛西氏は本拠地の下総国葛西から後に陸奥に本拠を移しています。写真は葛西清重のお墓と伝わります。葛西氏の家紋は「三つ柏」です。

西光寺(葛飾区四ツ木)は鎌倉時代、葛西清重の居館跡と伝わり、近くには葛西清重夫妻のお墓があります。また、葛飾区東堀切にある普賢寺も葛西氏の居館跡と伝わり、同寺には葛西氏のお墓と伝わる墓石があります。

葛西氏が居館としてたと伝わる葛西城は東京都葛飾区青砥にあり中川を天然の堀とした平城です。築城者、築城年代は不明で、戦国時代には後北条氏の支配下にあり、その後江戸時代には将軍家の鷹狩りの宿舎として「青砥御殿」が建てられました。なお「葛飾区郷土と天文の博物館」には葛西城にまつわる資料が展示されています。