楯岡氏(山形県村山市楯岡)

楯岡氏は清和源氏足利氏流斯波氏で最上氏の一族です。発祥地は山形県村山市楯岡。今回は最上氏第11代当主の最上義光の弟で楯岡甲斐守光直(〜1629年)の系譜です。楯岡光直は「奥羽永慶軍記」に「大阪夏の陣」の家親出陣の際に山形の留守を預かったとあります。家紋は「菊」と「桐」の御紋で後年「菊」は「蛇の目」、「桐」は「剣酢漿草」に替えており、明治には「九曜」を用いている。兄最上義光の次男家親を毒殺したと家老松根備前守に訴えられるが、幕府は松根備前守の私恨とし、松根備前守は筑後柳川に配流となる。「山野辺家文書」や「義光物語」には妾婦の暗殺と伝わる。